原子半径
原子半径は直接測れる硬い境界ではない。電子密度は距離とともに連続的に減衰するため、共価半径、金属半径、ファンデルワールス半径など目的別の操作的定義を使う。周期傾向を議論するときは、同じ定義どうしを比べる必要がある。
意味と主な周期傾向
原子には鋭い表面がない
電子雲は確率分布であり、ある距離で突然ゼロになるわけではない。したがって「大きさ」は結合距離や非結合接触を一定の規則で分配した有効量として定義される。
周期を右へ:価電子雲は一般に収縮する
陽子が増えても追加電子は同じ主殻に入ることが多く、同殻電子どうしの遮蔽は完全ではない。有効核電荷が増えるため外側軌道が引き締まり、半径は全体として小さくなる。
族を下へ:新しい主殻の効果が通常は勝つ
下の周期では価電子がより大きい n の殻に入り、内殻電子による遮蔽も増える。核電荷も増すが、平均距離の増大が支配的になり、半径は通常大きくなる。
単純な矢印から外れる場所
d ブロックでは変化が緩やか
遷移金属では電子が (n−1)d に加わる一方、外側 ns も存在する。d 電子が増加する核電荷を部分的に遮蔽するため、典型的な p ブロックほど急激には縮まず、系列末端では電子反発や金属結合の違いも効く。
ランタノイド収縮は f ブロックの外にも及ぶ
4f 電子は外側電子を十分には遮蔽しないので、ランタノイドを進むと有効核引力が増して半径が縮む。このため Hf は Zr と驚くほど近い大きさを持ち、単純な殻数だけの予測を破る。
原子半径の定義と測定
結合長は固定球二個の単純な和ではない
共価半径は多くの結合長を近似できるが、結合次数、混成、酸化状態、相手原子によって電子密度が変わる。同じ元素でも環境が変われば有効半径は変わる。
結合次数
同じ元素間なら、多重結合は対応する単結合より一般に短い。核間に集まる電子密度が大きくなるためで、C–C、C=C、C≡C を一つの固定炭素半径で完全には表せない。
化学環境
配位、電荷、結合相手の電気陰性度も距離を変える。異なる表の数値を比べる前に、同じ種類の半径と近い構造条件かを確認する。
一つの元素に複数の有用な半径がある
分子では共価半径、金属結晶では金属半径、非結合接触ではファンデルワールス半径が便利である。どれか一つが唯一の「真の半径」というわけではない。
構造実験から半径を得る方法
X線・電子・中性子回折はまず核間距離を与える。半径表はその距離を原子ごとの寄与へ分けるモデルであるため、分配規則が違えば少し異なる値が得られる。
半径は多くの周期性と結び付くが、単独の原因ではない
小さい原子はしばしば電子を強く束縛し第一イオン化エネルギーも高いが、半径とイオン化エネルギーはともに有効核電荷、遮蔽、軌道エネルギー、電子反発から生じる。半径だけを万能な原因として扱うのは因果関係の取り違えである。
遷移金属やランタノイド、異なる酸化状態の例は、周期表の矢印を出発点にしつつ電子構造を確認する必要があることを示す。
演習
1. 第3周期
同じ半径定義なら Na と Cl はどちらが一般に大きいか。
解答
Na が大きい。同じ n=3 の価電子殻に対して、Cl では核電荷が大きく同殻遮蔽が不完全なので電子雲が強く収縮する。
2. 同族比較
K は核電荷が大きいのに、なぜ Na より大きいのか。
解答
K の価電子は n=4 にあり、新しい主殻と内殻遮蔽による距離増大が核電荷増加を上回るからである。
3. 半径表の読み方
共価半径とファンデルワールス半径を直接比較して、どちらの表が正しいか決められるか。
解答
できない。定義と対象となる構造が異なるため、同じ定義どうしで比較する必要がある。