原子スペクトル
原子スペクトルは、原子のエネルギーが量子化されていることを直接示す。励起された原子は選ばれた波長だけを放出し、同じ特徴的な波長を吸収することもできる。線の位置・強度・幅を合わせて読むと、元素の同定だけでなく電子構造や温度、圧力、運動状態まで調べられる。
連続した虹ではなく線スペクトル
高温で密な物体は広い連続スペクトルを出せるが、低密度の励起原子気体は鋭い発光線を示す。連続光がより低温の同じ原子気体を通ると、許容遷移に対応する波長が暗い吸収線として抜ける。
発光と吸収は別々の仕組みではない。電子が高い準位から低い準位へ移ると光子を放出し、逆向きには準位差と一致するエネルギーの光子だけが吸収される。
水素とリュードベリ関係
水素ではリュードベリ式 1/λ = RH(1/nlow² − 1/nhigh²) が線の波長をよく表す。3→2 は約 656 nm の Hα、4→2 は約 486 nm の Hβ で、どちらも n=2 で終わるバルマー系列である。
水素遷移計算
上下の主量子数を変えて理想的な水素原子の波長を計算する。実測線には微細構造や線幅が加わるため、ここでは基準となるリュードベリモデルを扱う。
線幅と実際の測定
実際の線は無限に細くない。熱運動はドップラー広がり、衝突は圧力広がりを生み、励起状態の有限寿命は自然幅を与える。さらに分光器自身の有限分解能も観測幅に重なる。
系列限界から電離エネルギーが分かる
nhigh を大きくすると同じ系列の線は密集し、連続状態へのしきい値に近づく。系列限界の光子エネルギーは電子を束縛状態から自由状態へ移すのに必要なエネルギーと結び付くため、電離エネルギーを制約できる。
多電子原子のスペクトル
多電子原子では単純な 1/n² の準位だけでは足りない。電子間反発、遮蔽、軌道角運動量、スピン軌道相互作用が準位を分裂させ、選択則によって強い遷移、弱い遷移、理想近似では禁制となる遷移が分かれる。
そのため線は多数になるが無秩序ではない。各線は量子状態どうしのエネルギー差を反映し、複数の線を一貫して帰属することで準位構造を組み立て直せる。
波長から化学同定へ
分光器、校正、分解能
分光器は波長を分離して強度を記録する。定量測定では既知線で波長軸を校正し、近接した二本の線を分離できるかという分解能も示す必要がある。分解できないピークを一つの遷移だと決めつけてはいけない。
原子スペクトルと分子スペクトル
孤立原子では主に離散的な電子線が現れる。分子には回転・振動自由度もあり、一つの電子遷移に多数の振動回転状態が重なるため帯スペクトルになりやすい。原子線と分子帯を区別することは分析の基本である。
炎色反応と実験室での同定
炎で原子を励起すると特徴的な発光が見える。ナトリウムの黄色は目立つが、色だけでは確実な同定にならない。複数の固有波長が一致することを確認して初めて元素の指紋として使える。
スペクトルをデータとして読む
線が「あるかないか」だけを見るのでは不十分である。位置、強度、幅、全体のシフト、微細分裂はそれぞれ異なる物理量を担う。同じ元素でも温度や圧力で線形は変わるが、基本となる遷移エネルギーは元素固有の構造を保つ。
| 観測量 | 主な物理情報 |
|---|---|
| 線の位置 | エネルギー準位差 |
| 相対強度 | 準位人口と遷移確率 |
| 線幅 | 温度、圧力、寿命、装置分解能 |
| 系統的な波長シフト | ドップラー運動 |
| 微細な分裂 | スピン軌道相互作用や外場 |
演習
1. バルマー系列
水素の 4→2 遷移はどの系列か。
解答
n=2 で終わる遷移はすべてバルマー系列なので、4→2 はバルマー線である。
2. 発光と吸収
同じ波長に明線と暗線が現れる実験がある。矛盾しているか。
解答
矛盾しない。下向き遷移はそのエネルギーの光子を放出し、逆向き遷移は同じエネルギーの光子を吸収する。
3. 線幅
実験のスペクトル線を広げる要因を一つ挙げよ。
解答
例えば熱運動によるドップラー広がり、衝突による圧力広がりがある。自然幅や装置応答も寄与する。