調和振動子

調和振動子は「ばねにつないだ質点」だけのモデルではありません。安定平衡からわずかにずれた系を記述する最も基本的な近似であり、多くの物理系に同じ数学が現れます。

平衡点近傍での近似

ポテンシャル V(x) が x=x₀ で安定な極小値をもつなら V′(x₀)=0。小さな変位 ξ=x−x₀ に対し V(x)≈V(x₀)+½V″(x₀)ξ² なので、F≈−V″(x₀)ξ。復元力は変位に比例し平衡点へ向きます。keff=V″(x₀) と書けば局所的に調和振動子です。このため分子振動、結晶格子、電気回路、音響共振器、サスペンション、複雑な系の固有モードにも同じ方程式が現れます。理想ばねでは F=−kx、したがって m x¨+kx=0、ω=√(k/m)。負号こそ復元力の物理です。

V(x)x
安定平衡の近くでは滑らかなポテンシャルを放物線で近似でき、復元力は変位にほぼ比例します。

運動・周期・位相

一般解は x(t)=A cos(ωt+φ)。A は振幅、φ は初期条件で決まる位相定数です。f=ω/(2π)、T=2π/ω=2π√(m/k)。理想的な線形振動子では周期は振幅に依存しません。v=−Aω sin(ωt+φ)、a=−ω²x。折り返し点 x=±A では v=0 で |a| が最大、平衡点 x=0 では加速度は瞬間的に0でも速さは最大です。vmax=Aω、amax=Aω²。位相は周期のどこにいるかを表し、A と ω が同じでも φ が違えば状態は異なります。

位相 φx = A cos(ωt + φ)
等速円運動の直径への投影が単振動で、回転角が位相に対応します。

等速円運動を直径へ投影すると x=A cos(ωt+φ) になり、位相を回転角として直観的に見られます。正弦と余弦は時間原点の選び方が違うだけです。波や結合振動子では位相差が干渉、エネルギー移動、集団的なパターンを決めます。

位相を動かす

エネルギー

ばね振動子では U=½kx²、K=½mv²。減衰がなければ E=K+U=½kA² は一定です。折り返し点ではエネルギーはすべてポテンシャル、平衡点では運動エネルギーが最大。各周期で K と U が交換されても、理想モデルの全エネルギーは変わりません。

E位置エネルギー U運動エネルギー K
減衰がなければ運動エネルギーとポテンシャルエネルギーが交換されても全エネルギーは一定です。

計算と鉛直ばね

計算例

m=0.50 kg、k=200 N·m⁻¹、A=0.040 m とすると、ω=20 rad·s⁻¹、T≈0.314 s、vmax=0.80 m·s⁻¹、amax=16 m·s⁻²、全エネルギー E=0.160 J。m、k、振幅、初期位相だけから時間・運動・エネルギーを一つのモデルで予測できます。

鉛直ばね

重力はばねを kxeq=mg となる位置まで伸ばします。しかし新しい平衡点から変位 ξ を測れば mξ¨+kξ=0 のままです。同じ m と k なら鉛直でも水平でも ω=√(k/m)。重力は振動中心をずらしますが、小振動の固有振動数は変えません。

振り子と近似の限界

単振り子の復元トルクは θ ではなく sinθ に比例するため厳密には非線形です。小角で θ をラジアン表示すると sinθ≈θ となり、T≈2π√(L/g)。振幅が大きくなると周期は少し長くなります。大角度の振り子、強く伸びたばね、実際の分子振動などでは高次項が無視できず、周波数が振幅に依存したり波形が正弦からずれたりします。調和振動子が有効なのは安定平衡の近くで最初に現れる近似だからです。

減衰と共振

摩擦や抗力、電気抵抗を含む代表的な式は m x¨+b x˙+kx=0。弱減衰では振幅が減りながら振動し、臨界減衰では振動せず最速で平衡へ戻り、過減衰ではさらにゆっくり戻ります。周期外力を加えると m x¨+b x˙+kx=F₀ cos(ωdt)。定常状態では駆動周波数で応答し、自然周波数付近で振幅が大きくなるのが共振です。減衰は共振ピークを低くし広げます。共振でエネルギーが生まれるのではなく、駆動が位相をそろえて周期ごとにエネルギーを与えます。Q が大きい軽減衰系ほどピークは高く狭く、自由振動は長く続きます。

駆動角周波数低減衰高減衰
減衰が小さいほど共振ピークは高く狭く、減衰が大きいほど低く広くなります。

固有モードと量子モデル

位置 x と速度 v の相図では、½mv²+½kx²=E が無減衰なら楕円を与え、減衰があると内向きのらせんになります。複数自由度が結合した小振動はしばしば 固有モード に分解でき、各モードは一つの固有振動数と固定した空間パターンをもちます。弦、結合振り子、結晶格子に同じ考えが使われ、固体の量子化された格子振動はフォノンになります。量子力学でも V=½mω²x² ですが、エネルギーは En=(n+½)ħω と離散化され、基底状態にも ½ħω の零点エネルギーがあります。

実験的検証と演習

実際の系が調和振動子に近いかは見た目だけで判断せず、a 対 x が a=−ω²x の直線になるか、小振幅域で周期がほぼ振幅に依存しないか、x(t) がほぼ正弦か、減衰が小さいなら K+U がほぼ一定かを測定できます。これらはモデルを実験で反証可能な形にします。

振幅を変える

m=0.80 kg、k=50 N·m⁻¹ の理想振動子で振幅を2倍にすると周期は変わりますか。vmax とエネルギーはどうなりますか。

解答

T=2π√(m/k)≈0.795 s で変わりません。vmax は2倍、E=½kA² は4倍になります。